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東京高等裁判所 平成3年(ネ)907号 判決

控訴人 小澤敏彦

被控訴人 町井昭八郎

右訴訟代理人弁護士 村越進

横山弘美

武田昌邦

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実に成立に争いのない≪証拠≫及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  控訴人は、昭和五四年四月一一日、被控訴人との間で、賃貸期間を同日から昭和五七年四月一〇日までとする本件賃貸借契約を締結し、同月一七日、右賃貸借契約につき東京法務局所属公証人岸川敬喜に嘱託して、昭和五四年第一五八一号建物賃貸借契約公正証書を作成した。

2  昭和五四年秋ごろ、被控訴人が本件賃貸借契約締結の際に控訴人に対して交付した礼金二〇〇万円の趣旨について争いを生じ、被控訴人は、そのころ、控訴人に対し、右二〇〇万円の返還を求める訴訟を起こした。他方、控訴人は、昭和五五年、被控訴人に対し、本件賃貸借契約を解除したとして、本件建物の明渡しを求める訴えを起こした。その後、控訴人と被控訴人との間にいくつもの訴訟が係属する状況になった。

そして、控訴人は、昭和五六年一一月一七日ころ到達した内容証明郵便をもって、被控訴人に対し、昭和五七年四月一一日の期間満了をもって本件賃貸借契約の更新を拒絶する旨通知した。

3  被控訴人は、控訴人が本件賃貸借契約の解除を主張して賃料の受領を拒んだので、昭和五五年二月分の賃料から供託を始め、現在に至っている。また、被控訴人は、更新料についても、昭和五七年四月一一日の更新料四二万円を同月六日に、昭和六〇年四月一一日の更新料四二万円を同月一六日に、昭和六三年四月一一日の更新料四二万円を同月四日にそれぞれ供託した。

4  控訴人は、平成元年一月、千葉地方裁判所松戸支部に対し、前記公正証書に基づく昭和五四年五月二七日支払分から同年一二月二七日支払分までの毎月の賃料に対する平成元年一月五日までの日歩七銭の割合による遅延損害金の合計三五七万三八〇三円を請求債権として、被控訴人が前記更新料及び賃料として供託した金員の取戻請求権に対する債権差押え及び転付命令を申し立て(同庁平成元年(ル)第一九号、同年(ヲ)第二〇号事件)、平成元年一月二四日、右命令を得て、昭和六三年四月一一日の本件更新料として供託された四二万円を含めた更新料及び賃料として供託された金員を取り戻した。

以上の事実を認めることができる。

三  右認定のとおり、控訴人は、本件賃貸借契約の昭和五七年四月一一日の更新を拒絶する旨通知しているが、借家法所定の正当事由が具備した旨の主張・立証はないから、本件賃貸借契約は、法定更新され期間の定めのない賃貸借となったと認められる。また、被控訴人が昭和五七年四月一一日の更新料を含め三年ごとに更新料として四二万円を供託していることは前記認定のとおりであるが、控訴人は、右更新を争い、本件建物の明渡しを求めていたものである。

ところで、本件更新料特約の内容は請求原因1(三)のとおりであって、その文言からは、右認定のような事実関係の下でも、当然に、三年ごとに更新が行われたものとして、被控訴人に更新料支払義務を負わせる趣旨であると解することには疑問がある。

したがって、他に格別の資料のない本件においては、昭和六三年四月一一日に本件賃貸借契約の更新があったことを前提とする控訴人の更新料請求はただちに是認しうるものではない。

四  仮に、被控訴人に昭和六三年四月一一日の更新料支払義務が生じたとしても、前記二で認定した事実によれば、控訴人は、本件賃貸借契約の存続を争っていたから、更新料の受領を拒むであろうことが明確であったと推認でき、被控訴人が行った供託により右更新料支払債務は消滅したと認められる。

控訴人は、右更新料として供託した金員の取戻請求権に対する差押え及び転付命令を得て、右供託金を取り戻したから、右供託の効力は消滅した旨主張するが、更新料債務者である被控訴人において更新料債務の弁済に充当すべきことを指定して有効な弁済供託をしている以上、更新料債権者である控訴人が別個の債権に基づき供託金取戻請求権に対し強制執行をすることによって自ら供託金を取り戻し、これにより別個の債権の満足を得て弁済供託の効果を覆すことは、債務者に弁済充当すべき債務を指定する権限を認めた民法の規定の趣旨に反し許されないと解すべきである。したがって、控訴人の右主張は失当である。

更に、控訴人は、被控訴人が右供託金の取戻請求権を別訴において相殺の用に供したから、供託の効力は失われた旨主張する。しかし、成立に争いがない≪証拠≫によれば、被控訴人は、本件と当事者を同じくする東京地方裁判所昭和六一年(ワ)第四六四四号事件において、控訴人が本件更新料等の供託金取戻請求権に対する債権差押え及び転付命令によって供託金を自ら取り戻したことは不当利得に当たるとして、右不当利得返還請求権をもって控訴人の有する賃料及び更新料請求権と相殺する旨主張したものであって、供託金取戻請求権そのものを自働債権として相殺の用に供したものではないことが明らかであるから、右相殺の主張によって供託の効力が失われると解すべき根拠はない。したがって、控訴人の右主張も失当である。

五  よって、控訴人の更新料請求は理由がなくこれを棄却すべきであり、これと結論を同じくする原判決は相当であって(なお、控訴人は、原審の訴訟手続を非難するが、違法とすべき事由は認められない。)、本件控訴は理由がないから、これを棄却

(裁判長裁判官 佐藤繁 裁判官 岩井俊 小林正明)

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